少年

 

 下版前人の話が煩はし

「すみません。横浜で降りて、
新宿湘南ラインの電車に乗り換えれば大宮まで行けますかね?」
リュックサックを背負った少年がわたしを仰ぎ見ている。
「かね?」の語尾を面白く思い、
わたしは少年の顔を見た。
「行けますよ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
少年は数歩歩いてドアのところに佇んでいる。
間もなく電車は横浜駅に到着。
どやどやと客が降り始める。
「わたしも新宿湘南ラインと同じホームだから、
そこまでいっしょに行きましょう」
「はい。ありがとうございます」
少年と連れ立ち駅の階段を下りる。
「きみ、何年生?」
「小学三年生」
「友だちの家にでも行ってきたの?」
「はい」
「一人で?」
「はい。ぼく、電車が好きなんです」
「へ~。えらいね、一人で」
「お母さんは、助かるって言います」
「家の仕事がはかどるから?」
「そうだと思います」
「ここを上がったところのホームだよ。
次の新宿湘南ラインの電車までまだ一〇分あるね」
「前橋行きですね」
「前橋って、大宮の先か? 手前か?」
「だいじょうぶです。手前なら乗り換えればいいのだし、
先ならアナウンスを聴いて大宮で降りればいいですから」
「そうか。そうなんだけど…。
ああ、路線図があるから、これ見てみよう」
「ほら、大宮までは共通で、大宮で別れるんですよ」
「そうだね」
少年の首の周りはアトピーがひどい。
「友だちは、前は大宮にいたの?」
「はい。引っ越したんです、大船に」
「それで、遊びに来たわけか」
「はい。学校が終って三時ごろ出てきました」
「そうなんだ。じゃ。気をつけてね。
わたしはこの電車に乗るから」
「はい。ありがとうございました」
混雑している横須賀線下り電車に乗ると、
少年はぺこりとお辞儀をし、
リュックサックからペットボトルを取り出し、
お茶を飲み始めた。
発車寸前の駆け込み乗車の客がドア前をふさぎ、
少年の姿は見えなくなった。

 抱かれし記憶を醒ます春の雨  野衾