泉鏡花記念市民文学賞

 

今年三月に刊行した安田速正(やすだ・そくしょう)さんの
長塚節 『土』―鈴木大拙から読む』が、
泉鏡花記念市民文学賞を受賞しました。
講評は以下のとおり。
掲載紙にそれぞれリンクを張っておきます。

北國新聞
北陸中日新聞
朝日新聞

〔講評〕
安田速正著 『長塚節『土』―鈴木大拙から読む』(春風社)

本書は、長塚節の代表作『土』を鈴木大拙の宗教的概念「日本的霊性」によって読み解き、新たな『土』論を展開した優れた評論である。また、本書の魅力は、著者の鈴木大拙理解とでもいうべきものを、長塚節の『土』において検証したところにある。
小説『土』は、貧窮にあえぐ小作人勘次一家の暮らしを、四季や風俗とともに綴り、終局において勘次が対立していた養父に心を開く曲折を描く。
夏目漱石は、『土』に登場する貧農たちを「蛆【うじ】同様に憐れなる百姓」と言ったが、著者はこの見方に納得せず、鈴木大拙の理論を借りて考究する。それは、「日本的霊性」に基づくもので、その特質を大地性・否定性・霊性的直覚の三点に集約し、霊性を「現実に人を動かす力」と解する。この視点から『土』を読むと、随処に霊性が現れ、複雑で暗いと言われる作品に光が射し、農民は神神【こうごう】しく光って見えるという。
著者は、金沢の大地を耕し、同時に文学を愛し、短歌を作り、とりわけ長塚節の人と文学に傾倒する農家のあるじである。著者は言う。『土』を一枚の織物とすると、その現実描写は横糸であり、生と死の問題、宗教問題、霊性的体験の問題は縦糸であると。本書は、まさに縦糸の宗教的、哲学的問題を重視し、『土』の内面に鋭く切り込み、論述している。
『土』発刊から百年、暖衣飽食の時代にあって長塚節の作品の再評価と、その人の宗教性に着目した意義は大きい。永年の思索と調査に加えて、熱情溢れる姿勢が印象的である。金沢市民文学賞に推薦するものである。