まがる

 

 月昇り小舟滑るや賢島

伊藤永之介の小説を読んでいたら、
「溢」の漢字に「まか」とルビを振ってあり、
うれしくなりました。
秋田では、
「あふれる」「こぼれる」ことを「まかる」「まがる」
といいます。
「雨まがた」の言葉から連想される雨の量と圧は、
「どしゃぶり」なんぞの比ではありません。
体に染みている言葉は翻訳不能です。
伊藤永之介は秋田県秋田市出身の作家。

 波静か鋼の月を映しをり

ベラ

 

 秋の田の空に道あり御来迎

帰りの電車で、
ベラによく似た人を見ました。
ドアの近くの一つしかないボックス席にいましたから、
すぐ眼に入り、
眼が合っちゃったかもしれません。
おとなしいのに、口大きい。
あ。いえ。見てません見てません。
わたし、ほら、本を読むし(心の声)。
ああ。焦ったー。迫力あるー。
見ないようにしとこう。
と、
なんだか、
その辺の空気がどやどやと崩れ始めたようで、
惹き付けられ、
眼をやると、
ベラが大きなあくびをしていました。
すっげー!!
自分の体をまるごと飲み込んでしまうぐらいの口のデカさ。
こえー!!
ベラはスーツを着、
膝をぴっちり合わせていました。

写真は、なるちゃん提供「コルチカム」

 腰揺らし指さらさらと芒かな

走る男

 

 講演会うつむく母を見つけたり

無人駅のホームに、
一人の男が立っています。
襟足と耳の横は刈り上げですが、
ほかは背中まである長髪で目立ちます。
でも、
そんなことは気にしません。
格子縞のシャツを着、
ときどきジャンパーを羽織り、
グレーの綿パンをぐいと腹まで持ち上げ、
裾は靴下を超え、脛まで見えます。
何か探しているのか、
何を探しているのか、
人に興味がないのか、
遠くを見つめ、
ひたすら列車の到着を待っています。
待ちきれず、
走って列車を迎えに行きます。
二輌しかない列車の後部ドアから乗り込み、
外を眺めています。
何か探しているのか、
何を探しているのか、
目が離せません。

 出し切れば破れ盥に秋の風

バランス

 

 鰯雲のこり少なき心地して

社内の模様替えに伴い、
机周りがようやく片付いてきました。
片付けに関する本がいくつか出ており、
かつて何冊か読みましたが、
このごろは、
とんと読まなくなりました。
片付けのコツは何かといえば、
一気に片付けないことだと思います。
内面の論理みたいなのがあって、
この日この時間と決めて一気に片付けると、
内面の論理と外の整理がバランスしない。
だいたい内面は、
ゆっくりもったり、
矛盾するものですから。
ゴミもあります。
きのう、
左壁際の棚に仕舞ったいくつかの箱を、
机右横の棚に移動させたことで、
気持ちが少し落ち着きましたから、
ほどよいバランスが保てたようです。

 秋の田に大輪の虹かかりけり

空っぽ

 

 二人来て生栗齧る墓場かな

母校井川中学校での講演でエネルギーを使い果たしたのか、
きのうは一日呆けていました。
人の話がなかなか理解できません。
破れた金盥(かなだらい)に雨がばちばち当たるような、
とでも申しましょうか。
一晩よく眠ったら、
破れも塞がり、天の恵みの雨が
またひとしずくひとしずく溜まっていくようで、
これもまた嬉しい感覚です。
出し切れば入ってきます。
人間は入れ物ですね。
いれものがない両手でうける、か。

写真は、りなちゃん提供。

 ふるさとや秋の味覚を楽しめり

中学生と

 

 Tシャツを重ね重ねて散歩かな

九月三十日、井川中学校にて、
「ふるさとへの旅 郷土の偉人・武塙三山に学ぶ」と題し、
講演を行いました。
第一部、講演
第二部、武塙三山原案・青江舜二郎脚色「やけどした神様」
第二部の朗読劇は、
青江のご長男で映画監督の大嶋拓さんが、
今回特別に補綴してくださいました。
斎藤町長はじめ役場の方々、
お集まりいただいた町の皆様、
学校行事が立て込む中、
スケジュールを調整しご尽力くださった
佐藤校長はじめ井川中の先生方、
そしてご静聴いただいた在校生の皆様、
ありがとうございました。
閉会の折、
生徒を代表し挨拶してくださった大山葉子さんの、
「夢を叶えるためにふるさとを離れるかもしれないけれど…」
の言葉と誇らしい笑顔が忘れられません。
朗読劇は、
本番での先生方のテンションの高さに驚かされました。
おかげでわたしも弾けることができました。

 毬栗を見上げ進みて濡れにけり