Archives : 8月, 2011

ありのまま

 

 八月や鯨の夢の続きをり

写真集『クジラ解体』の書評が読売新聞に掲載されました。
写真家の小関与四郎さんは、
九十九里浜に生まれ、育ち、
そこでずっと、
人間と人間を超えたものに照準を合わせ、
写真を撮り続けてきました。
「カメラは
ありのままを写しても
ありのままは写らない
ありのままの中から創るのだ
創らなければありのままは写らない
ありのままは、カメラが生きて、ありのままにならなければならない」
映画監督・新藤兼人さんが
写真集『九十九里浜』に寄せてくださった詩は、
まさに『クジラ解体』の心でもあると感じます。
小関さんがこれからどんな写真を撮り、
どんな言葉をつむぎ、
どんなありのままを創り見せてくれるのか、
楽しみです。

 目を瞑り暑さを忘る本の旅

実事

 

 喉鳴らしやがて息吐く麦酒かな

事実でなく実事。
「じつじ」と読むんでしょうか。
大野晋と丸谷才一の対談集『光る源氏の物語』に、
しょっちゅう出てきます。
たとえば、
「賢木」の巻の光源氏と六条御息所について、
丸谷 いうまでもないことですが、この夜、実事ありですね。
大野 実事ありでしょう。
丸谷 焼けぼっくいに火がついた。
    しかし、火はついたけど、やはり別れることにはなる。
    非常にややこしい男女関係ですね。
大野 そうですよ。
丸谷 この実事のありなしをいつもきちんと押さえていかないと、
    『源氏物語』は読めなくなります。
……てな具合。
もうお分かりだと思いますが、
実事とは、つまりアレのことです。
アレのことをアレと露骨に言わず、
実事と言うところが奥ゆかしい。
てゆうか、笑える。
だって大の男が二人して、
しかも一人は稀代の国語学者、
一人は小説家にして翻訳家の二人が、
ここは絶対実事ありでしょう、
いやいやそうとも言えない、なぜならば…、
なんてしかつめらしく言い合っていること自体おかしいでしょう。
でも、会話は至って真面目に進みます。
それがまたかえって笑いを誘う。
二人とも楽しんでやっているのがこちらに伝わってきて、
心地よい。
下巻もあるので、しばらく楽しめそうです。

写真は、まるちゃん提供。

・八月の夜を電車が裂きて去る

スッ、ツー、サッ

 

 宿題を終へて寂しい夏休み

いつも行っている床屋に電話したら、
夜まで予約でびっしりだというので、
仕方なく他の床屋をあたってみることにしました。
さて、どこにしようかと思案したところ、
保土ヶ谷橋交差点、
川辺酒店の二階にヘアーサロンがあったことを思い出しました。
出来て一年半か、
二年ぐらいになるのでしょうか。
「仕事の帰り、散髪してサッパリしませんか?」
路上に置かれた小さな看板に、
そんなキャッチコピーが、たしか書かれてありました。
カット1500円、だったような。
よし。
あそこに行ってみよう!
ぶり返した暑さの中、
交差点を渡ってすぐのビルに入り、
薄暗い階段を上って左手のドアを開けると、
男性三人がソファーに座り、
漫画や雑誌に目を落としています。
ここは予約制ではないのでしょう。
マスクをはめた床屋のご主人が、
鋏を縦にして客の後頭部の髪を刈り揃えていきます。
二、三歩、スッと歩いて、
ツーとワゴンに体を寄せ、必要な道具をサッと取ります。
スッ、で、ツー、で、サッ。
動きに無駄がありません。
ほれぼれします。
わたしはしばらく立ったまま、
映画のシーンを見るように、見とれていました。
客が話せば別ですが、
そうでない限り、無駄口もききません。
読んでみたいと思っていた『バガボンド』も揃っています。
三巻目、武蔵(たけぞう)が京都に上り、
吉岡道場に入って試合を申し込んだところで、
わたしの番になりました。
「いちばん短い坊主刈りにしてください」
「はい。わかりました」
わたしは皮膚が弱いので、
床屋に行っても顔を剃らせないのですが、
この人ならひょっとしてと思い、されるままになっていました。
蒸しタオルをどかし、いよいよ剃り始めたのですが、
剃刀が髭にあたっているのかいないのか、
その感覚がないぐらい、
実に見事な手際でした。恐れ入りました。
鋏を持った武蔵か、君は!?
なんてことを…。
仕事帰りにでも、また寄ってみようと思います。

写真は、なるちゃん提供の「月下美人」

 鬼灯を母は上手に鳴らしたり

無垢の博物館

 

 八月や残るページを数へをり

トルコ初のノーベル文学賞受賞者オルハン・パムク
(名前からなぜか重量挙げの選手を想像)
の受賞後第一作『無垢の博物館』を読みました。
上下二巻、長かった~。
朝日新聞に掲載された書評を読み、
面白そうだったので買いましたが、
実際に読んでみると、
それほどとも思いませんでした。
面白いのは初めと終り、
長い中ほどがだらだらだらだらしていて、
こんちくしょうものです。
金玉がばんばんに腫れている若いときに読んだら、
ひょっとして感情移入でき、
これぞ小説!
なんてことになったのかもしれませんが、
五十の坂を過ぎた今読むと、
馬鹿言ってんじゃねーよ、
ただの自己中男の妄想話じゃねーかとしか思えません。
妄想話だったら妄想のままに突っ走ってほしかった。
なんだかアイディアをこねくり回して、
普遍性を持たせていこうとする意匠が見えていやらしい。
わたしはこの小説、×でした。

 きざはしを上り上りて虫の声

「読みたい」が詰まった本

 

 ぶりかえす暑さに空を睨みをり

学生のときに買って、
ずっと読まずに持っていたのですが、
病気をして本が読めなくなり、
少しずつ回復した後も、
もう読むこともないだろうと思い、売ってしまいました。
ところが、
おかげさまで元気になり、
『源氏物語』を二十数年ぶりに読み直し、
時間感覚を意識したせいか、
今度は空間感覚とでも言ったらいいのか、
世界の広さを教えてくれそうな本を読みたくなりました。
会社のテラチーから借りた
クラフトエヴィング商會の『おかしな本棚』に、
本棚には、
本を読もうと思ったときの楽しさが並んでいて、
本棚を眺めれば、
その時々の「読みたい」が鮮やかによみがえる、
だから、読まなくてもいいんだというようなことが書いてあり、
その通りだと思いました。
『野生の思考』は、わたしにとりまして、
まさにそのような本で、
何が書かれていても、たとえ書かれていなくても、
これを読もうと思ったときの「読みたい」が詰まっています。
「読みたい」気持ちに別れを告げ、
今度こそ本当に読もうと思います。
読まないかもしれないけど。
次号「春風目録新聞」の特集は、
「今、読みなおす本」
精神科医の中井久夫さんから素敵なお原稿を頂戴しました。

 静けさや階段尽きて汗の道

Archives

You are currently browsing the 港町横濱よもやま日記 blog archives for 8月, 2011.

三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

2011年8月
« 7月   9月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  
過去の日記
最近のコメント
三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。