モーツァルト談義

 

 沈丁花香り訪ねて散歩かな

「今ね、電車なんだよ。三十分後にかける」
「了解」
「おう。ごめんごめん。ちょうどいい時に電話もらったよ。
あやうく乗り過ごすところだったから」
「ところでモーツァルト、今も聴いてる?」
「聴いてるよ。電車はストレス溜まるからね」
「昔からモーツァルト好きだったっけ?」
「いや。あのね、ロンドンにいた時さ、
モーツァルトが旅したところを訪ねたことがあったのよ。
かみさんと息子は興味がなかったらしいんだけど、
この頃、そういえばお父さん、
モーツァルトを追って旅したことがあったねー、なんて」
「へー、そうか。おもしろいね。
奥さんも息子さんも当時は興味がなかったわけか」
「そうそう」
「この頃それが話題になると」
「うん」
「ところで、電車の中でなに聴くの?」
「いろいろ。今日はレクイエムを聴こうかなとか」
「え゛え゛え゛。通勤電車でレクイエムはまずいだろ」
「そういう気分の時もあるわけよ。そっちは、なんでまた急に」
「うん。なんとなく。コーヒーのせいかな」
「コーヒー?」
「歳とっても、新しいことに興味が湧いて、
調べたり読んだり聴いたりするのは楽しいね」
「お前んとこのオーディオで聴いたら、また違うだろうなあ」
「聴きに来いよ」
「うん。かみさんと交渉してみる」
「交渉?」
「交渉」
「なんか、商売みたいだな。相談だろ?」
「違うんだなこれが。いろいろあるんだよ」
「だから交渉?」
「そいうこと」
「どっちでもいいけど、遊びに来なよ。モーツァルトに浸かろうぜ」
「いいねえ。連絡するよ」

 香り未だ硬き蕾の沈丁花

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