夢に中野好夫

 

 春風や車中のどかに文庫本

わたしはなぜだか、
もと居た学校に再就職することになり、
今日から授業が始まるという日、
ホームルームで
その日の予定をクラスの生徒たちに告げていたら、
同僚のK先生が教室に飛び込んで来、
「中野さんが職員室にいらっしゃっています」
「中野さんて?」
「中野好夫さん」
わたしはあわてて職員室に戻ります。
顔を上げたその人は、
写真で見た事のあるたしかにそれは、
中野好夫さんです。
わたしは、
出版社勤務中に中野さんに手紙を出しており、
それで中野さんは、
学校までわざわざ訪ねてきてくれたのでした。
中野さんは、
わたしが送った手紙の中の「ググッと」
という形容句が気に入ったらしく、
そのことをとても褒めてくださいました。
中野さんの本の感想のなかで使った言葉です。
わたしは興奮し、
なぜ「ググッと」だったのかを説明しています。
何人かの先生がくすくす笑う声が聞こえます。
そんなの関係ありません。
ふと、壁にかかった円い時計に眼をやれば、
一時限目の授業の終了まであと五分。
わたしは中野さんに、
ちょっと待っていてくださるようにお願いし、
職員室を飛び出したのですが、
何階のどこの教室なのか確認し忘れていました。
授業が終って廊下に飛び出した生徒をつかまえ、
目的の教室の場所を尋ねます。
それから廊下を走り、
息せき切って階段を上って教室にたどり着くや、
生徒はもう散り散りばらばら、
担任のK先生が「いいから、いいから」と
手で合図を送ってくれます。
そうか。一時限目はK先生のクラスだったのか。
K先生に何度も頭を下げ、
それから回れ右をし、
階段を二つ飛ばしで駆け下り、
廊下を走って職員室に戻ります。
「中野さんは?」
「たった今これを残して帰られました」
受け取ったメモに鉛筆で何か書かれているのですが、
独特の文字は震えているようで、
わたしには読むことができません。
悔やんでも悔やみきれない気持ちがもたげてきて、
ただ、わんわん泣きたくなりました。

写真は、カワチュウくん提供。

 早春の夜を朝までダダダダダ

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