息切らしジュンブライド睨みをり

横浜駅で偶然、
小学三年生のときの担任に会いました。
顔を真っ赤にして、ガハハ、ガハハと笑いますから、
まぎれもなくK先生です。
先生と二人で保土ヶ谷まで歩くことにしました。
先生は、けっこうお歳を召しておられるのに、
大股で、歩くのが速く、
遅れまいとしているうちに、
ぼくはだんだん汗が滲んできました。
川べりで、獲れたての貝を大量に茹でていました。
先生は、近づいていって一袋買っています。
売っているおばさんたちと、
なにやら話しています。
買ったばかりの貝の身を
爪楊枝でくるりと引き出し食べた先生に向かい、
おばさんは、
「どうじゃ。美味いだろ?」と訊きました。
「美味い。美味い」と先生。
先生は、よほどその貝が気に入ったらしく、
なかなか動こうとしません。
周りにだんだん人が集まってきて、
いろんなことを訊いてきます。
先生は、自分のことよりも、
ぼくのことを紹介し始め、
出している本の宣伝までしてくれています。
ぼくは、心の中で、
この辺の本屋にウチの本は向かないんだけどなあ、
と思いました。
案の定、「へ~、そうですかあ」
みたいな雰囲気がただよってきました。
それでも先生は諦めず、
本屋の中に入っていってしまいました。
ぼくはケータイで家人に電話を入れ、
これから先生と二人で家に行くことを伝えました。
ところでK先生、
なかなか本屋から出てくる気配がありません。
心配になり本屋に入ると、
先生の姿はどこにも見当たらず、
店長らしき女性に訊いたら、
先生は、これから四国を訪ねざっと一周し、
夕方また横浜に戻ってくると言い残して
出かけたというではありませんか。
先生は、どうやって四国を一周し、
また横浜に戻ってくるつもりなのだろうと、
不思議に思いました。
先生に尋ねても、おそらく、
ガハハ、ガハハと
顔を真っ赤にして笑うに決まっています。

 首筋を嘗めてぞろりの夏の雨

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