読む工芸品

 

 水温みセアガゴゲグボ暗躍す

映画監督の大嶋拓氏と多聞君と三人で、
四月刊行予定の傑作戯曲『法隆寺』について打ち合わせ。
多聞君が、装丁は他のフライヤーとちがうと
自身の考えを開陳してくれ、
春風社の本の特徴が、
装丁の面から明かされた気がしてうれしくなりました。
たとえば、映画のチラシであれば、
映画館に人を呼び込むことでその役割が終り、
ショップのフライヤーであれば、
魅力のあるお店に人を運ぶことで
その役割を果したことになります。
ところが、そういうものと本の装丁は決定的にちがいます。
たしかに、装丁に惹かれて
本を購入することはありますが、
買われたことで装丁の役割が終るわけではありません。
内容と並行して、
その魅力が長く保持されていなければなりません。
中身の寿命と装丁の寿命が
いっしょであることが望ましいとも言えるでしょう。
買ってすぐ読む本もあれば、
何年も書棚に寝かせておいて、
なにかの縁で再び手に取り、
いよいよ腰を据えて読んでみようと思ったときに、
装丁が一時の流行を過ぎ、
冴えないものに感じられたらどうでしょう。
せっかく手に取ったのに、
気が萎えてしまわないとも限りません。
ということで、ヨコハマ経済新聞の記事とも併せ、
春風社の本はますます工芸品に近づくとの思いを
強く持ちました。

 寒さ脱ぎ胸いっぱいの天の風

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