腹にのる!?

 

 毒抜けて後は野となれポンと月

小学校に入るかその前か、
それぐらいの頃ではなかったかと思います。
家をでて坂を下り、井内の新太郎床屋によく行きました。
祖父のトモジイが床屋の道具を一式持っていて、
トモジイにやってもらうことが多かったけれど、
半々くらいの回数で、新太郎さんに髪を切ってもらいました。
気の利いた予約制などというものはまだなく、
大人も子どももブラッとやってきては、
おしゃべりしたり、新聞を読んだり、
しゃちこばって順番が来るのを待ったり、
めいめいの時間を楽しんでいたものです。
やっとわたしの番が来て、大きな立派な椅子に座りました。
新太郎さんが髪の毛をちょきちょき切っていきます。
鏡の中のわたしは、
切りそろえられた髪の毛の下で目の玉がきろきろしています。
馬の革にちゃんちゃんちゃんと当てた後の剃刀がうなじに当たります。
こそばゆいけれど、なんと気持ちがいいのでしょう。
新太郎さんは、次の客の話に合わせながら、
それでも手を止めることはありません。
わたしは鏡の中のその人の顔をながめました。
見たことはあるけれど、どこのだれだかわかりません。
新太郎さんにいろいろ話しかけていて、
ふと黙ったと思ったら、
「おもしろぐにゃあどぎは、かあちゃんの腹にのればええべ…」
と言いました。
新太郎さんは、うんともすんとも答えません。
どうして「かあちゃんの腹にのる」のだろう。
しかも面白くないときに?
新太郎さんに尋ねるわけにもいかず、
足りない頭でいろいろ想像しているうちに、
「はい。でぎました!」
わたしは慌てて椅子から跳び下りました。
後年、平凡社の『アラビアンナイト』(東洋文庫)を読んでいたとき、
らくだ乗りごっこという言葉が出てきて、
文脈からそれとわかりましたが、
小学校に上がるかどうかの年頃では、
「それ」の意味を理解することは出来ませんでした。
新太郎さんは昨年亡くなり、床屋を継ぐ人はいません。

 歌丸の歯茎慄はす枯野かな

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