おかえりなさいませ

 水盗む人も懐かしふるさとは
つい先日のことです。
仕事帰り、汗を掻き掻き階段をあがり
ゆるい坂道をさらに上っていました。
ゴミ集積所の角を曲がったところで、
杖をついた見知らぬ老婆に出会いました。
覚束ない足取りで、こちらに歩いてきます。
わたしはちょっと立ち止まり、
少し道を空けるように体をずらしました。
すると、老婆は、
「おかえりなさいませ」と言って、
丁寧におじぎしました。
わたしはあわてて、
「あ。はい。ただいま帰りました。どうも…」
それだけです。
歩を進め、坂道を上り切ったところで
ちょっと振り返ってみました。
老婆はわたしの方を見て、手を振っています。
わたしも手を振りました。
妙な具合でしたが、まあいいかと思いました。
 追ひかけて夜に闇あり蛍狩

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つれづれ

 二胡の音のそよぎ揺られて午睡かな
三連休のうち、前の二日はいろいろ動きましたが、
きのうは日がな一日、気功をしたり、
ゲラの校正をしたり、池波さんの本を読んだり、
角田光代さんについてネットで調べたり、
原稿を書いたり、
野菜たっぷり味噌ラーメンをつくったりして、
結局一歩も外へは出ませんでした。
ん? あ!
出ました。数歩。
マンションの近くにある高圧線の鉄塔が
ジリジリジリジリ音がするので、
管理会社に電話を入れ、
東京電力の人に来てもらい、立ち会いました。
白い陶器で出来た五重塔みたいな部品に
埃や南風による塩が付着すると鳴るのだとか。
雨が降り、いったん埃や塩が洗い流され乾けば、
音は収まる、云々。
大掛かりには三十年に一度、
そのほか五年に一度の点検があるそうです。
 夏の日の千里馬の原二胡を弾く

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朝風呂

 青蔦や絡まる壁の堅さかな
福島民謡に「会津磐梯山」がありますが、
そのなかに小原庄助さんという人が出てきます。
実在の人物なのか、
伝説上の人物なのか分からないそうです。
朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、
それで身上(しんしょう)を潰したことになっています。
身上とは財産のこと。
ところで、わたしも朝湯に入ります。
好きかというとそうではなく、
もともと風呂があまり好きではありません。
入らなくても済むなら、そうしたい。
でも、そんなわけにもいきません。
朝湯と晩湯の二者択一で、
朝湯になったというのが正直なところです。
なんだかシャキーンとするんですね。
ところが、こう暑いと、
帰宅した後、汗が気持ち悪いので、
風呂には入らなくても、シャワーぐらいは浴びますから、
一日二度湯に浸かったり浴びたりすることになります。
朝湯に浸かって小原さんは身上を潰したのに、
一日二度も浸かったり浴びたりでどうなのよ、
とも思いますが、
潰すほどの身上があるわけでなし、
心配することもありません。
 蔦茂る見えねど水を吸ひ上げつ

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オカズから?

 風呂上り爪で尻掻く行々子
このごろ、えっ! そうなの?
ということがありまして、
それは、ご飯が先かオカズが先かです。
わたしは何の疑問ももたずに、
ご飯が先と思っていました。
ご飯→オカズ→ご飯→オカズ→ご飯→…
ところが、周りに訊いてみたら、
どうもそうではないようです。むしろ、
オカズ→ご飯→オカズ→ご飯→オカズ→…
のようなのです。
わたしにしてみれば、ご飯は主食でオカズは副食、
食べる量の比率も、ご飯6に対しオカズ4
ぐらいの割合でした。
そうすると、どうしてもご飯の量がすすみ、
外食でご飯モノの定食なんかを頼むと
だいたいご飯のお替りをしてきました。
ところが、
オカズ→ご飯→オカズ→ご飯→オカズ→…
でバランスよく食べると、
お替りしなくても済みます。
少なくとも秋田のわたしの家族は、
ご飯→オカズ→ご飯→オカズ→ご飯→…
こっちの方式で食べているはずです。
これはひょっとしたら、米を作っている農家の
食文化の一つかもしれません。
と書いてみましたが、わたしの家だけなのか?
亡くなった祖父のトモジイは、
とにかく口いっぱいにご飯を詰め込み、
よく父にたしなめられていたものですが、
晩年、普通の量のご飯を口に入れている
トモジイの姿を見て、悲しくなりました。
 有難や怒りも忘る行々子

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梅雨明け

 この感じ梅雨の所為とも言ひ切れず
昨日は暑かったですねー。
たまりませんでしたので、
以前あの藤原の理科、いや、
藤原紀香さんも訪れたという鰻専門店の
清泉さんに行ってきました。
鰻丼を所望、待つこと十五分、
出てきましたよ。
どんぶりの蓋を開けると、
こんがり焼き上がった鰻に秘伝のタレが乗り、
きらきら輝いているではありませんか。
まず箸で鰻を適当な大きさに切り、
適当な量のご飯と一緒に挟み口中へ。
えも言われません。
ふと見ると、土日の競馬ファン
(場外馬券場がすぐ近くにあるので)
のための大型テレビに、関東は梅雨明け宣言の文字。
なるほど暑いわけだ。
鰻丼を静かに味わいながら、
ぽけーとテレビを見ていると、
横浜市保土ヶ谷区が中継されています。
なんと。自宅のそばではありませんか。
横浜で作られたスカーフが、かつては世界市場の
五十パーセントを占めていたそうです。
知りませんでした。
と。一つ知識も増え、そろそろ昼の楽しい休憩時間も終わり。
さて、今日も暑うなるぞう!
って、笠智衆か。
 だれとなく憎みたき夜の百足虫かな

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金亀子

 坂道の倒れし草の金亀子
金亀子でコガネムシ、って読むんですね。
俳句ではよく使われるみたいです。
黄金虫=黄金の虫もいいですが、
金亀子=金の亀の子だと、
コガネムシが確かに亀の子どもに思えてきます。
ひっくり返ったときの感じなんて亀そっくりですから。
読み方も、コガネムシでなく、
キンカメコのほうが可愛いような。
汗でべとべとになり疲れて帰った夜に、
玄関ドアの前で大きな金亀子が
鳴りを潜めてひっそりしていることがあります。
別の世界からの使者でもあるかのごとく。
見とれて数秒、疲れを忘れます。
 金亀子腹からボタリ落ちにけり

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イカの塩辛

 音たてて七月雨を降らせたり
料理づくりが趣味なので、
昔から好きだったイカの塩辛を
自分で作ってみようと、かなり真剣に考えたのですが、
アニサキスとかいう寄生虫がいることが多いらしく、
これが体内に入ると、胃壁に穴を開けもぐりこみ、
大変な痛みと出血を伴うという話を聞き怖くなりました。
自分でつくるのをあっさり諦め、
今までどおり市販のイカ塩辛でいくことにします。
学生の頃に住んでいたアパートのすぐ近くに酒屋があり、
そこのご主人がたいそうイカの塩辛好き
(女将さんが、そう言ってました)で、
市販のものをいろいろ試したが、これが一番だそうですよ、
と女将さんが薦めてくれたのが小野万のイカの塩辛です。
以来三十有余年、ずっと小野万のファンです。
が、ここにきて、むむ、これは!と唸るイカの塩辛に
遭遇しました。
それが波座(なぐら)物産のイカの塩辛。
商品名は、「昔ながらの手造り塩辛」です。
値段は小野万のものより少し高めですが、
イカの旨みがギュッと詰まって、
味は極めて濃厚かつ隠微。
ただいま食卓の常備品です。
 蜘蛛そっと手で逃がしやる夕べかな

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