話しかけられる4

 只管に辣韮ガリガリ食ひたき日
あれは二十数年前、
上り京浜急行線の電車内のことでした。
「あのー」
「はい」(停まる駅を尋ねられるのかと思って軽めに)
「つかぬことをお尋ねしますが」
「はあ」(やや不審に思いながら)
「むかし川崎で」
「はい」(相当不審に思いながら)
「トランペットを吹いていませんでしたか」
「は?」
「トランペットを吹いていませんでしたか」
「いいえ。吹いていません」
「いや。吹いていましたよ。ジャズ喫茶で」
「いや、吹いてませんて」
「いや、そんなことはないでしょう。吹いていたはずですよ」
「いや、わたしが言うんだから間違いありません。ジャズは好きだし、中学ではブラバンをやってましたよ。でも、トランペットを吹いていた先輩のくちびるを見て、トランペットだけはやるまいと思ってユーフォニウムにしたぐらいですから」
「……」
「残念ですけど、そういうわけです」
「そうですか。間違いないと思ったんですけどね。そうですか。失礼しました」
「いえ、どういたしまして。間違いは誰にでもあります。それにジャズのトランペット奏者と間違えられて悪い気はしませんから。むしろ感謝したいぐらいです」
「いえ、失礼しました」
「気になさらないでください。では。どうも」
 辣韮の激臭我れを粉砕す

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