話しかけるおばさん

 ガリガリと辣韮齧る毬坊主
今度は、JR横須賀線保土ヶ谷駅。
朝の電車に乗ったら、女性の声が聞こえた。
ずいぶん大きな声だ。
「…おじょうさん、フェリスなんだって。ほほほ。ゆうしゅうなんですよ。にゅうがくすると、せいしょをくれるんだって。ほほほ。せいしょにはきゅうやくせいしょとしんやくせいしょがあるんだって。ほほほ。それでね、このあいだきょうかいのぼくしがそのきゅうやくせいしょのがかだかでんどうのしょだかを…」
声を耳にしながら、
ぼくの頭は自動的に漢字変換を行っていた。
おじょうのじょうは嬢、ゆうしゅうは優秀、
がかは雅歌、でんどうのしょは伝道の書…。
大声であることと、会話の途中で挟まる「ほほほ」に
少し違和感をおぼえ、
ちらと声の主のほうへ目をやった。
50代ぐらいのおばさんで、吊り革につかまらずに、
足をぐっとふんばり、シートに腰掛けた白髪の女性に
話しかけているのだった。
女性は静かに目を落としている。
話しかけているおばさんと、白髪の女性は、
知り合いではなさそうだ。
車輪の音に邪魔され
ときどき漢字変換がうまく行かないときもあったが、
おばさんは飽きもせず
横浜駅まで見知らぬ女性に話しかけていた。
駅で降りると、
何事もなかったかのように、
人ごみの後ろに並び下りエスカレータに乗っていった。
 辣韮の臭さ恋しや富士裾野

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