校正日和前面の蜘蛛背(せな)の春
久保山のお寺に住んでいるという黒豚はなこを見に、日曜日、散歩がてら出掛けました。
いましたいました。世話するおじさんは、しょっちゅう、「はなこ。はなこ。はなこ。はなこ。……」
どこへ行くの、この毛布の上にちゃんと座っていなさい、ほら、お客さんがお前にリンゴをくださるって、ありがたいね、ちゃんとお礼を言わなきゃダメだよ、そうそう、お利口さんだね、写真を撮ってくださるそうだから黙ってポーズをとらないと、そっち行っちゃダメだって、ほれ、こっちこっち、うん、そうだよ、へへ、ほら、おいらの上に乗ってごらん、芸をみせてあげなよ、まず足でしょ、そっちじゃなくこっちの足から、上手上手、……
そういう意味を含んだ呼びかけを、おじさんはほとんど「はなこ」だけで、上手に区別して使い分けます。見事なものです。
それに対して、はなこはというと、ブヒブヒブヒブヒ、ブヒブヒ、ブヒブヒ、ブヒ。ブヒブヒブヒブヒブヒブヒ。よく聞くと、これも、なんともいえない微妙なニュアンスを含んでいて、実に味わい深い。
愛されると、豚もこんなふうな姿態をみせてくれるのかと感心しました。はなこは、とても角煮にはできません。
春風や媚びる笑ひを叱りけり