採点

 底意地の春を金壺眼かな
 このごろ持ち込まれる原稿で、小説もかなりな数ある。受けるにしても断るにしても、仕事柄ちゃんと縦横斜めに(?)読む。
 学術的な論考なら、そんなわけにもいかないが、こと小説の場合、頭でいろいろ考えるよりも、からだで、からだがどう反応するかを最大の価値基準にしている。
 というと少し、いやかなり大げさだが、要するに、読んでいて眠くなるかならないか。眠くならなければ、相当のもの。眠くなったらペケ。
 この季節、ほんとにうららかで、昼の食事をした後などは、なんだかとっても眠くなる。一行の中に、たとえば「白い襟足が…」なんてあると、眠い頭が勝手に作動し、襟、襟、えり、えり、エリ、エリ、エリカ、沢尻、沢尻エリカは40代の男性と結婚したあと、スペインに留学するとかでまったく結構、結構、結構毛だらけ猫灰だらけ、ケツの周りは糞だらけ、粋な姐ちゃん立ちしょんべんとくらあ…、なんてことが、ぐるぐるぐるぐる頭の中を回転し始める。そうなると、気の毒なのは、そのとき読まれていた小説原稿で、この季節でなければ、ひょっとしたら眠くならずに読み通せたかもしれない。
 そんなわけで、春はどうしても小説への採点が辛くなる。
 中華鍋中華オタマや春うらら

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気のパワー

 水ぬるみ重馬場馬の目濡れてをり
 先日、土曜日の横浜気功教室でのこと。吐納気法のコースに参加していました。わたしは二回目になります。
 たっぷり蠕動(じゅうどう)した後、全身リラックスし互いの気を感じあうということになり、両腕を前に出してパラボラアンテナよろしくゆっくり左右に回転します。左横の白髪の女性が、わたしに、あ、あなた… と絶句。目で尋ねると、凄い気を発しているとのこと。
 また、その次の週、今度は近くの人と向き合い、互いの気を引っ張ってみようということになりました。隣にいた背の高い女性にやると、あ、あ、あ、あ、と微妙な声を漏らしました。気が抜けていく感じがするというのです。
 一日も欠かさず練功したおかげで、気のパワーが充実してきたようです。
 自宅のパソコンがフリーズしたとき、もしやと思って、パソコン本体に気を送ったら、数分でフリーズが融け、正常に動き出しました。ほんと、ほんと。
 皆さん、パソコンがフリーズしたら気を送ってみましょう。(笑)
 昼過ぎて尚春眠の小説稿

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ケータイ

 金壺に寒毒湛へて生きにけり
 けたたましい音で目が覚めた。枕元のケータイが鳴り、あわてて通話ボタンを押した。
「はい」と電話にでるのと目覚まし時計の針を見たのがほとんど同時。1時23分を回っていた。
「みうらちゃん? みうらちゃんなの?」
「そうだよ。ゆいちゃんか? 久しぶりだね。いま、仕事の帰り?」
「そ。みうらちゃん、からだ大丈夫? 元気なった?」
 相当酒が入っているようだ。
「ん。どうして俺のからだのこと知ってるの? ずいぶん有名になったもんだよな」
「なに言ってるの。みうらちゃん、こないだ、自分で言ってたじゃないか。おっかしいみうらちゃん」
「そうか? そうだったかな。ところで、ゆいちゃん、元気そうじゃないの」
「みうらちゃん、元気になってよかった。わたしは元気だよ。家のほうでいろいろあったけど、今は落ち着いたよ。元気になって頑張って生きているよ。だから、みうらちゃんも頑張って!」
「ああ、ありがとう。またそのうちお店に行くよ」
「うん、ありがとう。お店変ったんだよ。ママと一緒に辞めちゃった。今は別のお店。でも、ケータイの番号はおんなじだから、来てくれる気になったら電話ちょーだい」
「わかった。はたちの娘じゃないんだから、あんまり飲むなよ」
「わかってるよみうらちゃん。みうらちゃんも、からだ、気をつけなよ。じゃ、またね」
「ありがとう。ゆいちゃんもからだに気をつけて。じゃ、またな。電話ありがとう」
 思わぬ人からの久しぶりの電話だった。
 ゆいちゃんは源氏名。夜の仕事をしている。数年前、やはり夜中に、客に馬鹿にされたといって泣いて電話をかけてきたことがあった。一流大学を出たからってなにさ。わたしがあいつに何をしたっていうんだ。悔しいよ、みうらちゃん。世界中を回ったからって、なんなのさ。英語が話せりゃえらいのか。フランス語が話せりゃえらいのか。悔しいよお! わたしはどうせ馬鹿だよ。だけど、なんであいつにあんなことまで言われなきゃならないのさ。そうだろ、みうらちゃん。えーん。えーん。えーん。えーん(号泣)ゆいちゃんの怒りは、なかなか収まらないようだった。
 一時間ほど彼女の怒りに付き合って、ようやく嗚咽も小ぶりになった。ゆいちゃんは、最後に辞書が欲しいと言った。客に馬鹿にされないように、国語辞書が欲しいのだと。なるべく単語がいっぱいの。
 翌日、インターネットで検索し、古本の『大辞林』を求め、宅配便で彼女の自宅に送った。後日、辞書の代金と送料が普通郵便で送られてきた。お金はティッシュにくるんであった。
 春の田のむんむん蒸されし堆肥かな

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二回転

 花粉症なみだなみだの競馬かな
 夜の八時に来客の予定があり、腹が減っては十分な打ち合わせができまいと考え、雨に濡れた暗い坂道を下り太宗庵へ。
 道の途中、女将さんにばったり。
「これからお店に行くところですよ」
「そうですか。どうぞどうぞ、わたしもすぐ戻りますから」
 客がちょうど途切れる時間帯なのか、お店には大将のみ。ワカメうどん大盛り餅入りをたのむ。ほどなく女将さんが帰ってきた。
 ダシの利いたうどんをいただきながら、三人、料理作りの話で盛り上がる。とくに大将の鰹ダシの話は面白かった。
 修業していたころ、なぜ厚手の鰹節を使うのかが分からなかった。薄手のものより厚手のもののほうがコクが出るとは知っているけれど、それならもっと煮出したらいいではないか。ところが、煮出したのでは、鰹の風味が主張しすぎる。厚手の鰹節を入れ、二回転したところで、さっと取り出すとちょうどよい。二回転。先人の知恵というのは、すごいものです…。
 男性客が三人入ってきた。
 勘定を済ませ、話のお土産を携え、もと来た坂道を上った。
 目と肩と硬い絆の痛さかな

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たけし

 鼻もぐな破れかぶれの花粉症
 こんな夢を見た。
 その日、わたしの家にたけしがいた。ビートたけし、北野武のたけしである。普通に、いた。
 わたしとたけしは、二、三メートルの距離を置き、ウロボロスのような位置関係で、ひじを枕にして寝そべっていた。ふと見ると、わたしのすぐそばに、鎌首をもたげたコブラがいた。ぺろぺろと舌をだしたりしている。恐ろしいことになってきた。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、あたりを見ると、なんと、もう一匹いるではないか。万事休す!
「たけしさん、たけしさん、おどろかないでくださいよ。そのままの姿勢で、目も動かさずに、黙ってきいてください。……この部屋にコブラが来ています。それも二匹」
 たけしは微動だにしない。こころなしか不敵な笑みを浮かべているようにさえ見える。さすが世界の北野はちがう。泰然自若とは、こういうことを言うのだろう。
 と、ああああああああっっっっっ!!!!!!!
 たけしが飛んだ! 飛んだ!
 オバQでもあるまいに(古いか)、鉄人28号でもあるまいに(古いか)、マジンガーZでもあるまいに(古いか)、とにかく、空を飛んだ。飛んでいった。
 わたしはコブラの存在など忘れてしまい、世界の北野を追いかけてすたこらさっさと走った。たけしはすでに然る場所に到着していて、軍団の若い連中に自分の雄姿を告げている。
 やはり、世界の北野だ!
 わたしは感慨にふけりながら帰路につく。家に着いた。まだコブラがどこぞに潜んでいるやもしれず、抜き足差し足で部屋に入った。
 きゃっきゃっと聞いたことのある声がする。見れば、柳原可奈子。
「いらっしゃいませー」いつものあの高音。
 わたしは、なんだか可笑しくなってきた。
「あなた、遅かったじゃないの」柳原可奈子がしなを作って、まとわりついてくる。
「馬鹿、おまえ、そんなことして、コブラが潜んでいるかもしれないんだぞ」
「まあ怖い」全然怖そうでない。
 柳原のおかげで、怖い気配がとんでしまった。
 ベランダを小っちゃなエリマキトカゲが二匹、ぱたぱたと走っていった。
 インフルのウイルス気で追ふりーこかな

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ラジコン

 花粉来鼻先もげよと擦る奴
 本当は名前を書きたいところですが、このごろは、世の中おかしくなってきて、やたらと名前を出すのがはばかれ、先日、ここに「近所の女子から…」と書いたら、その近所の女子から不満がでました。どうして近所の女子なの? と。
 名前を出して書きたいのは山々なのですが、もろもろ勘案してそうしたのだよということを、お母さんからよーく説明してもらいました。
 …と。
 さて、その女子の妹の女子(あははは… 女子の妹は、やっぱり女子か)がインフルエンザに罹ってしまい、熱が出、休んでいるというから、わたしは日に夜をついで気を送りつづけました。
 そのおかげか、その後、熱は下がり、近所の女子の妹の女子は元気を回復しました。わたしはといえば、気を送りつづけたことにより、空気の抜けた風船みたくなり、なんだかへにゃへにゃくにゃくにゃ、これではマズイと思い、勇んで気功教室に足を運びました。
 そのことを知った近所の女子の妹は、三浦さんたら、ラジコンみたい、と言ったとか。
 彼女はラジコンが好きで、わたしの家に遊びに来るときも持ってきます。ラジコンヘリなんかを上手に飛ばします。電池がなくなると充電します。気の抜けたわたしは電池切れしたラジコンにひとしいというわけなのでしょう。
 その話を聞き笑ってしまい、大笑いしたおかげで、わたしの気はもりもり充填されたようです。
 天の息享けて吐き切る春気功

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梅の木

 春愁と憎しみ我れに同居せり
 JR赤羽駅を降りたところに「梅の木」という喫茶店がありました。足が遠のき、現在もあるかどうかわかりません。
 昭和の名編集者・木村徳三さんから貴重なお話をうかがったのも、そこでした。
「きちんきちんとお給料をもらっている人が、いい小説を書けるものでしょうか?」インタビューするのはわたしのはずなのに、反対に質問され、わかりませんと答えるしかありませんでした。
 馴染みのスナックの姐さんと待ち合わせをし、夜の顔とのあまりの違いに驚いたことも。
 梅の木からの連想ですが、店のことでなく、本当の梅の木の話。
 この欄に道々撮った写真を掲載するようになってから、あ、と思う場面に出くわすと徐に携帯電話を取り出しシャッターを切るようになりました。
 このごろ梅の花が咲き、楽しませてくれます。よしと、構えるのですが、背景にビルが迫っていたりして、どうも美しくありません。構えだけで止めることしばしばです。
 春風や窪目底意地鳴らしけり

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