紫の山

 春山を狂女蹴立てて花粉かな
 前に書いたことがありますが、この季節になると、どうしても思い出します。
 父のいちばん下の弟がいまして、わたしと弟は、その叔父のことを、名前の下に「おじさん」をつけ、「まさのりおじさん」と呼んでいました。今も帰省すれば、そう呼びます。
 まさのりおじさんが小学生だった頃(おそらく低学年でしょう)、写生会があり、生徒はそれぞれ思い思いの場所に腰を据え絵を描いた。季節は春。雪が解け、近くは緑、遠くの山はおぼろにかすみ、なんとも言えない風情だったのでしょう。
 まさのりおじさんは、それを絵に写し取りたかった。山一面むらさきに塗り、おじさんは満足。写生会が終わり、担任の先生に絵を提出すると、まさのりおじさんは頭をひどく殴られた。「バカヤロウ! むらさきの山があるものか!!」。ふざけて描いたと思ったのでしょうね。
 頭を殴られたおじさんは可愛そうですが、なぐった先生の気持ちもわかるような気がします。きっと、あざやかな原色の絵の具で紫に塗りたくられていたのではないでしょうか。おぼろにかすむ、かすかな紫を絵で表現するのは至難の業かもしれません。
 まさのりおじさんは、酒を飲みながら、満面の笑顔でその話をしてくれました。たのしい思い出なのでしょう。

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