旅する編集者

 記憶力が並みはずれて悪かったわたしは、どうしても記憶しなければならないことは、文章に就いて、頭にではなく手に覚えさせた。英単語も英文法も英作文もそうして覚えた。参考書をまるごと三度ノートに書き写せば、それなりにテストの点数は稼げた。
 今、編集者として原稿を読みながら校正の手を入れていると、当時を思い出すことがある。そして、あの頃よりも文章に密着し、手に覚えさせるよりも深く記憶し味わっているように思うのだ。
 テムズ川沿いを歩いて旅した人の文章を歩くスピードで校正していると、いつしか著者といっしょにわたしも歩いている。旧約聖書の研究書ならサムエルは眼の前の人だ。
 近視が進み、このごろは老眼も加わって、若いときのようにはいかないけれど、原稿を携えながら著者と旅する仕事はなかなか止められない。そのことで、著者に喜ばれ、読者にまで喜ばれるのだから、ありがたい。

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