文章の顔

 旧友でカメラマンの橋本照嵩さんがぎょうせいの雑誌「悠(はるか)」に連載しているコラムが今度で最後を迎える。橋本さんは原稿ができるとわたしのところに送ってくる。それに手を入れてから「悠」編集部にFAXする。以前もここで触れたことがあるが、改めて眼の文章であると感じた。見たものが映像としてクッキリしており揺らぎがない。荒削りの文章を最初見ただけではそのことは分からないのだが、何度か読んでいるうちに、また、どうしても分からないところは本人に確認したりして文章を整えていくと、次第に文章の顔とでもいったものが見えてくる。映像から文章になったものを、今度は文章から映像が浮かぶように彫琢しなければならない。写真と文章から浮き彫りになるのは全身写真家の眼の動きと息遣いだ。