気分上々

 『イーリアス日記』の著者・森山康介さん来社。『新井奥邃著作集』完結を祝ってくださり、専務イシバシ、武家屋敷、わたしの三人、すっかりご馳走になった。場所は清泉。藤原紀香が二度訪れたという伝説の(?)あの清泉だ。鰻料理中心のお店で、昼飯時に野毛坂を下り鰻を食べに来ることはあるが二階に通されたのは初めて。森山さんが予約を入れてくれていた。
 創業六十年を超す老舗の部屋はしっとりと落ち着いていて、話がはずみ、箸もすすむ。森山さん、今年はオデュッセイアを読んでいるとか。会社勤めを果たしながらのことで、恐れ入る。なんたってイーリアスにオデュッセイアだもの。それも原典で。世界は広い。森山さんが初めて会社を訪ねてこられたときのことが今も忘れられない。『ダンテ神曲原典読解語源辞典』を部屋の真ん中の木のテーブルに広げページを繰っていた。版元として、大学の研究者でなければまず読みこなせないだろうと思っていたが、そうでないことをまざまざと見せつけられた。……
 いつのまにか楽しい時が過ぎ、帰る時刻となって立ち上がった瞬間、ほんの少しだが甘い香りが鼻先をくすぐった気がした。階段を下りて靴を履き、女将さんに「藤原紀香さんもあの部屋で食事をされたのですか」と訊くと、「はい」。そうだったのか。すっかりいい気分になって外へ出た。森山さんのおかげです。ごちそうさまでした。