Archives : 6月, 2006

チェーン店

 桜木町駅近くにあったカレーのチェーン店が先々月ぐらいだったか、突如なくなった。たまたま最終日に食べに行ったら、中で働くおばさんたちも戸惑いを隠せない様子で右往左往。聞けば、突然本部から閉店するとの通達があったらしい。
 そのお店、本店が京都にあるチェーン店で、味がよく、値段もリーズナブル。週に一度は食べに行っていた。行くたび捺してもらうスタンプが10個たまるごとに300円引きになるサービスを受けること数度。それがなくなって、また新たな店を開拓しなければと思っていた矢先、先のカレー店が別のカレー店になっていた。聞けば、こちらもチェーン店だとか。熾烈な争いの結果か。とにかく、行ってみることに。
 内装ががらりと変わっている。広さは同じなのに雰囲気が前とはまったく異なる。問題は味。シーフードカレーを頼んだのだが、なかなかの味で、値段も850円とまあまあ。カウンターに座って食べていたら、見覚えのある婦人が旦那さんであろうか、初老の紳士と一緒に店に入ってきた。前のカレー店で働いていたおばさんだった。あいさつすると、ちょっと複雑な笑みを浮かべ、「桜木町に用事があって…。一度来てみようと思っていたの」と言った。
 静かにカレーを食べているご婦人と紳士にあいさつをし、勘定を払い、店を出た。

惜しむ

 やっぱり。キーボードで試しに「おしむ」と入力すると、最初に「惜しむ」と変換される。音で「おしむ」と聞いて「惜しむ」の意味を思い浮かべる人は多いだろう。そのことを踏まえてに違いない。
 昨日のことだ。出社の折、紅葉坂の途中にある店の外に置かれたラックに入って、スポーツ紙が風に揺れていた。見るともなくひょいと見たら、「オシム、全力を尽くす!」の文字がでかでかと踊っている。サッカーのことはあまり知らないけれど、日本チームの次期監督が、今のジーコに代わりオシムになることぐらいは知っている。「オシム」と片仮名で書けば人の名前と分かるが、音の「おしむ」からはどうしたって「惜しむ」を連想してしまう。そこで「全力を尽くす!」の可笑しみが生じるというわけだ。記者も、そう考えて見出しをつけたのだろう。
 オシムさんが監督を務める期間中、いろんなところで「惜しむ」に引っ掛けたダジャレ的タイトルが飛び交うことになるだろう。本人にしてみれば、いい迷惑。だって、これからいくら全力を尽くし頑張っても、尽くしても尽くしても、名前がオシムなんだもの。

完成!

 全10巻を予定し会社創業の年に始めた『新井奥邃著作集』(第1回配本は2000年6月)は、今回の別巻をもって完結した。監修していただいた工藤、コールの両先生には、届いたばかりの別巻をさっそく送った。
 別巻の目玉はなんと言っても、本巻に収録されている奥邃の言葉が聖書のどの箇所にあたるかを一覧にしたもの。これは、コールさんでなくてはできない仕事だったと思う。仮に10年聖書を研究したからといってできる業ではない。奥邃は、文章を書くとき、いちいち聖書のどの箇所に基づきなどと断っていないからだ。聖書がいわば自家薬籠中のものになっている。
 コールさんのご父君は牧師として日本に来られ、コールさんは日本で幼少年期を過ごした。高校・大学はアメリカだったが、縁あって日本に就職。そういうことを考え合わせると、今回のこの仕事、コールさんの労作には違いないが、ご父君、ご先祖が聖書に親しんできた時間がコールさんに流れ込み、この仕事を支えたとも言えるだろう。
 日本の初代文部大臣である森有礼は、奥邃の人物をみて、彼にアメリカ行きを指示した。キリスト教を学ぶためだ。滞米28年にも及び、帰国後は巣鴨で静かに暮らした奥邃だが、田中正造をはじめ、高村光太郎、柳敬助など明治・大正期の文化人に圧倒的な影響力をもつようになる。さて、その思想の核心はどういうものだったのか。
 この期にあたり、小社から『ナショナリズムと宗教』の著作もあるインド研究家の中島岳志氏が、昨日の毎日新聞夕刊のコラムにそのことに触れ、書いてくださっている。ありがたい! 「山の頂上は一つである。しかし、そこへ登る道は多様だ。これと同じで、真理は一つだが、そこへ至る道は複数存在する。宗教の違いは、道の違いであって、真理の違いではない」というガンディーの言葉を引きながら、このような思想を近代日本で唱えたキリスト者が新井奥邃であるとして。写真はもちろん、一切の肖像画を許さず、墓も作るなと言い残した奥邃について、これほど簡にして要を得た説明はあるまい。
 わたしは今、教育学者の林竹二氏が生前語った言葉を思い出している。ほかの動物と違い、人間だけが外にあるものを取り入れ、自己の生きる力としていける…。漢文調で書かれた奥邃の言葉に近代百年の時間が流れ込んでいる。

Yシャツ・ネクタイ

 最近はアロハシャツで出社することが多く、そうでなくても、だいたいラフな格好が多い。きのうは、初めての方と外で会う約束があり、久しぶりにYシャツにネクタイ、それにスーツ。ばっちり着込んで出かけた。そのせいで、暑い暑い。ネクタイで締められた首の辺りなんて、この季節でしょ、この湿度でしょ、汗じとー、で、気持ち悪いのなんの。
 帰社したらオペレーターの米山さんが来ていた。米山さんといえばプリン。木のテーブルを囲み、おみやげにいただいたプリンを皆で美味しくいただく。襟元のネクタイの結び目をククッとゆるめ食したプリンのえも言われぬ程好い甘さよ、涼しさよ。ごちそうさまでした。

身体性

 先々週の土曜日、三枚ある網戸のうち二枚張り替えてへたばり、一枚だけ残していた。一昨日、その一枚に取りかかった。
 網戸を外すところから始めて相当気合いを入れ仕事を開始したが、気合いのほとんどが無駄に終わるほど、今度はウソのようにすんなり出来てしまった。げに、慣れというのは恐ろしい。最初あれほどてこずっていたのに、コツを頭よりも身体が覚えていたとでもいうのか、ゆがみも少なく、きれいに仕上げることができた。
 森三中が出ていたテレビ(先週月曜日の「よもやま」参照)でも言わなかったし、網戸張り替えの材料に入っている説明書にも記されていないことで、身体で知ったコツがある。網戸のフレームに網をのせ、四つの角をゴムで押さえるときに、ゆがみを少なくしようときっちりきっちりやろうとすると、かえって全体のゆがみが大きくなる。角角をゴムで押さえるときは、むしろ少々たるむぐらいの感覚で押さえ、網戸全体を見ながら作業を進めると、仕上がりがきれいだ。説明書には、ゆがんだら、そこの場所をもう一度浮かせてやりなおせばすっきりきれいにできるなんて書いてあるが、ウソだ。全体を一からやり直すならともかく、部分的に浮かせてゆがみを直すなんて土台、無理。問題は四つの角をどのように押さえるかということだ。

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三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

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三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。