戸塚

 以前勤めていた出版社時代に何度か戸塚を訪れたことがある。一人の時もあれば、部下を連れての時もあった。古い貴重な資料をお持ちの先生がいて、企画を進め、資料をお借りし、大部の本を作った。戸塚の駅を降り川沿いを歩いていくのだが、途中、大きな日立の工場があった。さすがは日立、かなりの面積を占めていた。が、それ以上の感懐を抱くことはなかった。
 あれから十年以上が経ち、わたしは、ああ、あの日立かと今更ながらに思い出した。その時はその知人ともまだ会っていない。知人は、いま日立で働いている。面接に先立ち若干のサジェスチョンをしただけだが、幸い合格し今に至っている。もちろん彼女の実力だ。サジェスチョンしたことを自慢したいわけではない。
 日立とはただそれだけの薄い関係ながら、十数年前、十数年後の今を予想だにしなかった。あたりまえだ。知人が日立を受ける。合格し、日々そこで働いている。それなのに、今日の今日まで、みずからの体験と重ねることをせずに時を過ごしてきたことが不思議なのだ。わたしは、十数年前、知人が今歩いている道を歩いていた。