横浜市中央図書館から野毛坂に向かい、すぐ右手の小路を入っていくと、あの藤原紀香も食べに来たという清泉がある。鰻が旨い。昨年の秋頃だったか、いつもの三人で行ったとき、女将さんが出てきて、旦那さんが急に倒れられ店は休み、代りの者に鰻を焼いてもらうことにしていると聞いた。それからしばらく行っていなかったが、昨日、久しぶりに行ってみようということになった。
 けっこう混んでいて、わたしたちは開いているテーブルに着き鰻丼三つ頼んだ。厨房のほうを見遣ると、旦那さんが鰻を焼いている。やがて出てきた鰻丼の蓋を取るのももどかしく、山椒をたっぷりと振りかけてから鰻を箸で切り分け口中に放りこむ。美味い! この味この味。老舗の味とでもいうのか、久方ぶりの鰻丼を堪能。肝吸いもすっきりさっぱりしていて言うことなし。

六歳

 曇天の下を歩きながらすれ違う人、先を歩く人や横断歩道をいま急いで渡った人を見ると、だれもみな大人に見える。電車の吊革につかまり細くたたんだ新聞を読むサラリーマンも、母親に連れ添う子供も大人で、六歳のぼくは動くモノクロ写真を見るようにして息をひそめているのだ。こんなことはずうっとずうっと以前に経験し、それから立派な大人(立派でなくてもいいから大人)になるために言葉を覚え、おぼつかないながらも使い始め、使いこなしてきた(と思っていた)のに、いともたやすく剥がれ落ち、不思議と驚きの前で立ちすくむ。
「まいどー」
 宅配便の青年が威勢のいい声と共にドアを開け入ってくる。ハッと目が覚めるようにして、色がついた。

曇天

 なかなか晴れの日が続かない。秋田の父はこんな年は珍しいと言っていた。父は、二十年以上農業日誌を付けている。街を歩けば新緑の季節で、青葉若葉が清清しく目に優しく映る。気温もそれなりに上がっているというのに空を見上げれば灰色。ポカポカ陽気のなかを早くTシャツ姿で歩きたいと思うのだが、それにはもう少し時間がかかりそうだ。

祭り

 全国的にはゴールデン・ウィーク。故郷秋田の我が井川町は五月五日がお祭り。昔から。親戚が集まってきては飲み食いしていた。祭りだから飲み食いするのか、飲み食いするのが祭りなのか、よく分からないでこれまできてしまった。
 今回、帰省した折に父や地元の友達に尋ねてみたところ、我が町は五日だが、隣り町は四月の末だったり、さらに隣りは五月でももっと遅い日だったりすることが分かった。また、ただ飲み食いするだけの祭りだと思ってきたが、父は、神社に奉納する大きなしめ縄を綯いに前日早朝でかけていった。祭り当日には、道路沿いの電柱を利用し、ところどころに白い御札の付いた紐が長く掲げられた。
 父も友達も、祭りの由来までは知らないようだったが、農作業に関係したものであることはまず間違いないであろう。今は、稲の苗をビニールハウスの中で育てているが温度管理が難しく、父も母も、時間単位の温度を相当気にしていた。祭りが終り、これからいよいよ田植えが始まる。

昼は泥鰌

 「泥鰌」も漢字テストで書けといわれたら、ちょっとつらいなぁ。それは置いといて、昨日の暑さには驚いた。北上する高気圧がどうで、フェーン現象がどうしたとかで結局ああなった(説明できていない)ということらしいが、三十度を超す地域もあったというではないか。
 天気予報も見ずに今日から五月か、などと独りごちてぼんやり出かけたわたしは、紅葉坂を上る頃には上着を脱いで汗を拭く始末。昼、この暑さではもう泥鰌しかないでしょう(鰻でもいいわけだが)というわけで野毛坂を下り、新装なった福家さんへ。いつも上品な女将さんが半袖シャツ姿で「今日はまた暑いですねぇ」。
 ところが一夜明け今日はといえば、どんより曇り、気温も昨日に比べ十度も下がるとか。当たらない日もあって、なんだ天気予報ハズレかよと思うこともあるが、しばらくは当たることを願いつつ天気予報に頼らざるを得ないようだ。

共同住宅

 おととい、わたしが住むマンションの理事会があった。十四世帯の小さなマンションのため理事長を初めとする役がすぐに回ってくる。新築のときに買ったマンションも築十年になったから、修繕の必要性が出てきて、総会を開くにあたっての事前準備の会というわけなのだった。住人側から三名、管理会社から二名の出席があり、もろもろの議題について話しているうちに、マンションというのは現代版共同住宅で、「共同」の意味を意識せざるを得なかった。物理的にノリでくっつけただけの建物のはずなのに、否応なく人間関係を発生させる。
 入居の時点では互いに名前も知らなかったのに、一つの建物に住んでいる関係上、われ関せずというわけには行かなくなってくる。建物が古び、問題が生じるたびに話し合わなければならない。必然、気心も知れてくる。へ〜、この人はこういう考え方の持ち主だったんだぁ〜と、なんとなく親近感が増す。これも一つの縁かと思う。仕事でもプライベートでも、斜めでなく正面を向いて話し、付き合いたいものと改めて思った次第。
 さて、すでにGWに突入し、今この時点で、海外の浜辺での〜んびりされている方もおありだろうが、小社はこよみ通りの休日、したがって今日と明日は通常勤務となります。