スルメの味

 昨日、千葉の小関さん(『九十九里浜』の写真家)のスタジオを訪問し、打ち合わせ後、車で最寄りの駅まで送っていただいた。途中、イチゴを生産している農家に立ち寄り、イチゴをお土産に持たせてくださった。この時期、あんな甘いイチゴを食べれるとは思わなかった。
 さて、上りの電車までしばらく時間があり、駅でぶらぶらしていたのだが、暖房があるわけではなく相当寒さが身にこたえた。不意に、子供の頃、祖父に連れられ羽後飯塚駅(今もある)で汽車(電車でなく)を待っていた時、祖父がいきなり、コートのポケットからスルメを出して、手で千切り、駅備え付けのダルマ・ストーブの上に置いて炙ったことを思い出した。
 ガンガンに燃えるダルマ・ストーブの上で、スルメはすぐにくるりと丸まった。天井の高い寒々しい駅の待合室が炙ったスルメの匂いに満たされていく。焦げ目がついて丸くなったスルメを祖父はあたりまえのように摘まみ、さらに細く千切ってわたしにくれた。わたしは、ほかの客の目が気になったが、なんとも言えぬ炙ったスルメの匂いには勝てず、口中にはすでに唾が溜まっていた。
 祖父にまつわる思い出としてベスト・テンに入るぐらいのものだが、いつも不思議に思うのは、あの時、なぜトモジイ(祖父のこと)はスルメをポケットに忍ばせていたのかということだ。買物をしての帰りだったら分かる。そうではなかった…。先々を考えて行動するタイプの人だったから、駅に行けばガンガンに燃えたダルマ・ストーブがあると見越して、家にあったスルメをわざわざ携えて行ったものだろうか。