薪能

 観世流の能楽師で『能楽への招待』(岩波新書)の著書もある静岡文化芸術大学の助教授・梅若猶彦氏の招きで、氏の勤める大学構内で行われる薪能「安宅」を観に行った。今回、弁慶役が梅若氏。
 「安宅」は、観世信光作の能の一つ。作り山伏となって奥州へ向かう義経主従が、安宅の関で関守の富樫にとがめられるが、弁慶の機転で危うく通りぬけるという筋。歌舞伎「勧進帳」のもとにもなった。薪能(たきぎのう)とは、夜間にかがり火を焚いて行う野外能で、開演は6時。挨拶やら前座の仕舞が終わり、本番の「安宅」開始が7時ちょうど。空に月、一番星がかかり、会場の照明が落とされ、中央に目をやれば、小原流のいけばなが舞台に幽玄の世界を演出し、弥が上にも期待は高まる。
 ナマで能を観るのは初めてだったが、その迫力、一つ一つの動作、形の美しさに圧倒されっぱなし。弁慶が富樫に言い寄る場面では、弁慶の姿がその時だけ何倍もの大きさに拡大したように見えた。あの動き! 言葉の押し出し、発声、笛と太鼓、それぞれぴたりと息が合い、一瞬、舞台との境目がなくなって、ただ、わくわくしながら物語の進行を一緒に生きている自分に気づく。今年、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団による「ネフェス(呼気)」を観たが、世界最高の現代劇(舞踊)を観たときと同じ質のものを感じ、特別の元気をもらった。ほかのもぜひ観てみたい。もちろんナマで。