銀河リヤカーの旅

 写真集『北上川』編集のため出社。半世紀撮り溜めてきた北上川の風土と暮しの写真を集大成する。昭和四十九年、写真集『瞽女(ごぜ)』で日本写真協会新人賞を受賞しプロとなった写真家橋本の撮影行脚はここから始まった。北上川の河口に開けた市・石巻に橋本は生まれた。
 写真には高校生のとき買ってもらったリコー・フレックスを手に持つ喜びが満ち溢れている。やがて橋本は写真を生業とするようになり、出版社・雑誌社の仕事を多く手がけるようになるけれど、ことあるごとに故郷へ帰ってはリヤカーを引き北上川を撮りつづけた。子供の頃祖母の引くリヤカーの荷台に乗って見た風景と視点がその後の人生を決定づけたともいえる。今年、宮城のあるテレビ局が開局三十周年を記念し、ユニークな写真家橋本を取り上げドキュメンタリー番組をつくった。
 半世紀、歓喜と共に無我夢中で橋本がフィルムに収めたものを思いつくまま列記すれば、うまそうにキセルで煙草を吸う祖父、難しい顔で新聞を読む祖母、酒好きの父、観音様のような破顔一笑の母、姉のように優しい叔母、結婚披露宴で怪しげな踊りを踊る隣りの床屋、橋を渡るさまざまな物売りたち、海苔(のり)を干す夏木マリそっくりの老婆、札束の勘定に余念がない伯楽(ばくろう)たちの欲望うずまく馬市、売られていくことを知っているかのように悲しい表情を浮かべるシャガールの馬、花火、由利徹、シジミ漁、イワシ漁、ときどき登場しては見るものをドキリとさせる子供たち(眼)、川を遡上する鮭、産卵を終えた母鮭がカラスやトンビに目玉を食われる。それもこれも、ちょろちょろと湧く源泉がやがて海へ注がれるように北上川へと収斂する。私的なことから始まった生活の一コマ一コマが今となっては深い圧倒的な民俗学の資料を提供している。
 虚実ない交ぜの生活と幻想のすべてを橋本はギョロ目を開けて写し撮った。人間はどこから来てどこへ向かうのか。これは、いわば写真家橋本の人生探索の記録であり、「四次元銀河リヤカーの旅」なのだ。