人マネ

 ガキの頃から人マネが好きで、だれかれかまわずマネしてきた。大げさに言えば、これってわたしなりの理解のし方なんだろうと思っている。
 たとえばAさんならAさんのマネをして、傍でそれを見ている人がウケたり笑ったり「似ている!」と叫んだりすると、マネしたわたしとしてはとてもうれしく、マネをした人への理解がすすんだのかなと勝手に思う。大概はマネされた人も喜んでくれ、前よりもっと仲良くなれる。
 最近凝っているのは会社の井戸川さんという女性が電話に出て自分の名を名乗るときのマネで、少々マニアックではあるが、やってみると結構たのしく、一日に何度となく繰り返している自分に気づく。
 「井戸川と申します」というごく一般的なフレーズなのだが、彼女はこれを「いい・どお・があ・わトモウシマス」(巧く表記できない)と発音する。フラットに「いどがわともうします」と発しないのだ。「い」も「ど」も「が」も「わ」も一音一音はっきりくっきり区切って発音し、その四つの音を発音するのに全精力を使い果たしたかのように最後の「わ」にくっつけて凄いスピードで「トモウシマス」が発せられる。サービスし過ぎでドアを開け放ち、こりゃしまったと急いでドアを閉める姿に比せられる。ドップラー効果にたとえることもできる。スキーのジャンパーがゆっくりとした助走からどばっと空に舞う勢いにたとえることもできるだろう。さらに最近では、わたしは首の振りを付けて歌舞伎の見栄を切るみたいにして楽しんで(?)いる。
 彼女がなぜ「いどがわともうします」と言わずに「いい・どお・があ・わトモウシマス」と言うようになったかといえば、「いどがわともうします」と普通に言ったのでは、ほとんどの場合「えどがわともうします」と聞き間違えられるからだそうだ。だが彼女にそのことを尋ねてみたところ、意識的にではなく無意識でそうしてきたものらしい。「えど」ではなく「いど」ですよと強調し、名前を相手に正確に伝えんがための苦肉の策として意識下で発案されたのだろう。また「トモウシマス」が一気に発せられるのは、そこで間違えられる可能性が少ないこともあろうが、前半の「いい・どお・があ・わ」の部分で時間をかけすぎたことを踏まえての相手への配慮がこめられているにちがいない。
 それはともかく、いい・どお・があ・わトモウシマス。ふむ。たのしい。