その村へ定期便でいろいろなものを届けに行くのを生業にしている初老の男に付いて、わたしは歩いていた。わたしはまだ小学校に上がるか上がらないかぐらい。
 鬱蒼とした森の中を歩いたかと思えば、両側が崖っぷちの土手の上だったり、初老の男はこんな道をいつも一人で歩いていたのかと、なんだか悲しくなってきた。
 雨が降ってきた。さらに歩をすすめているうちに、今度は目の前が広々した野原になったのはよかったが、雨が溜まってすでに沼となり、細い道は途中から水の中へ入っていっていた。わたしは不安になり、後ろを振り向いて「このまま進んでも大丈夫でしょうか」と訊いた。男はにこにこ笑いながら「大丈夫大丈夫」と言った。少し安心し、わたしはまた歩き出した。水は膝ぐらいまで来たが、それ以上は深くならず、細い道は水の中からふたたび顔を見せ、小高い丘へと続くようなのだ。雨も上がり、目的の村がようやく見えてきた。
 村では小さな公民館のような建物の中で食事をとっていた。夕飯。老いも若きも男も女も。わたしは黙ってその様子を見ていたのだが、どうもこの村では、食事は皆いっしょにここでとる習慣になっているらしいのだ。小さい村だからなのか、自分の家で食事をすることがなく、持ち回りで食事を作り、皆で食べる。
 ある若い男がいわくありげにオカズの一つを残した。それを見た村の人びとは合点がいったように次つぎと一つだけオカズを残していった。さっぱりわからない。と、だれかが言った。「○○ちゃんもそうなるかねえ。早いものだ」。村で一人小学校へ上がる娘がいて、そのお祝いにオカズを一つずつ残してやっているようなのだ。ずいぶんしめやかで地味なお祝いと思ったが、どの顔も感謝と喜びに満ちていたから、これはこれでいいのだろうとわたしは考えた。
 小屋みたいな小学校の玄関で今年入学する娘を正面に村人一同の写真(一枚の写真に収まるぐらいの人数なのだ)を撮った。オカズを最初に残した若い男はどうも先生のようだった。わたしも仲間に入れてもらった。
 いつの間にいなくなったのか、周りをいくら眺めても、わたしを村まで案内してくれた初老の男はどこにも見当たらなかった。それが少し気がかりだった。