母ジャケとの約束

 東日本放送開局三十周年記念特別企画『北の大河 〜もうひとつの北上川物語』を観た。
 九十分の長丁場ながら、北上川の流域に暮らすさまざまな人びとが登場し、味のあるドキュメンタリー番組に仕上がっている。土地の歴史、四季折々の風景もなつかしく楽しい。写真家・橋本照嵩のあの人なつっこい姿がテレビに映るや、もう涙腺がゆるんでしまい何度も目を拭く。音楽は姫神。
 全長二四九キロメートルの北上川の河口(石巻市北上町、通称、追波[おっぱ]河口)から源泉の弓弭(ゆはず)までリヤカーを引き、各地で写真展をしながら流域の人々との出会いを求めて旅した記録だ。源義家が弓の弭(はず)で叩いたときに湧いたという伝説の泉は、九百数十年枯れることがなかった。古杉の根元からチョロチョロと湧く一滴が川幅六〇〇メートルの大河になる。二九〇もの支流がそこに注がれる。
 古来、人びとは川と付き合うことで知恵を育んできた。実際に歩いてみて橋本は、北上川の流域がおびただしいゴミで溢れかえっていることに驚く。現代人が先人の知恵と偉大な川の恩恵を忘れていることを実感する。
 シジミ漁で母と弟を亡くした老漁師はそれでも、北上川は掛け替えのない川だと言った。河口の膨大な葦原を守る人、モズクガニやウナギの漁にいそしむ人がいた。ふるさとの川を忘れず遡上するシャケたちは、産卵が終わるとトンビやカラスに目玉を食われる。母ジャケのボロボロになった必死の姿に橋本は感動し、思わず川に足を踏み入れる。綺麗であってほしい。北上川を綺麗な川にすっからなぁ〜、それは母ジャケから渡され、やがて橋本の悲願となって発する祈りであり、母ジャケとの約束でもあった。
 好奇心の塊・橋本照嵩の面目躍如。番組の最後、橋本が川に向かって大声を発する、き〜た〜が〜み〜が〜わ〜!! は、まさに圧巻。いいものを見せてもらった。