気分

 とりあえず家にいるしかないので、塞ぎの虫が起き出さぬように適当なことをしては無聊を慰めている。長く入院し、あるいは自宅療養している方の気持ちはいかばかりかと想像してみるものの、結局は体験したものでなければ分からないかと思えてくる。
 春の海ひねもすのたりのたりかな
 ご存知与謝蕪村の俳句だが、これなど健康そのものの句だな。ボーッとして眠くなる。牛のよだれが伸びて地面に着くかと見ているようなもので…。俳句も短歌もやったことがないけれど、外と内が響きあってできたような句がいい。
 牛のよだれといえば、子供の頃、秋田の田舎でベゴノシタと呼んでいる葉があった。秋田の方言で、牛のことをベゴという。深緑色の大きな葉で道端や田んぼの畔に生えていた。それに触れると手が痺れるといわれていたから誰も好き好んで触れる者はいなかった。ある時、弟と外で走り回っていて(あの頃はよく弟と遊んだ)転んだ手の先にベゴノシタがあって、ハッとして手を引っ込めたことがあった。起き上がり、膝についた土を払ってまた走り回ったが、気のせいか何やら指先が痺れるような気がして、噂は本当だったのかと思った。今回のケガでは感じなかったけれど、指先の痺れがあると必ずといっていいほどベゴノシタを思い出す。シタは舌だ。ざらざらしていてヌルッ。連想のツルが普段とちょっとずれて伸びていくようなのも面白い。