三渓園の亀

 ふと、三渓園に行ってみたくなった。原三渓(本名:富太郎)によって造られた庭園で、横浜の名所としてつとに有名。
 初めて訪れたのは大学1年生のとき。通信添削で英語をみてもらっていたF先生に連れていってもらったのが最初で、わたしがなんとなく横浜で暮らすようになったきっかけが先生の印象によるところ大であったことは去年ここにも書いた。あの時以来何度も訪れている。
 最近行ったのは、会社を起こした年だから6年前。専務イシバシは千葉からの通い、武家屋敷ノブコは東京からの通いで、保土ヶ谷の拙宅まで毎日来てもらうのがなんだか悪い気がして、それで、こんな名所もあるよというわけで誘ったのだったと思う。武家屋敷はニックネームのとおり金沢の出身で、すぐ近くにかの有名な兼六園がある。イシバシは九十九里出身で勇壮な絶景が目に刻まれているだろう。そのふたりに横浜の庭園がどんな風に映ったのかはわからないが、いまも別れずに仕事をしていることを考えれば、ふたりを横浜に引き留める何十分の一かの効果はあったかもしれない。
 大きな池の周りを時計の反対回りにゆっくり歩き、程なくもと来た場所かと思う辺りに小さな島がある。涵花亭、かんかてい、という。涵は、ひたす、うるおう、うるおすの意だというから、情趣ある名ということになろう。そこに渡る小さな橋が観心橋といって、これまたなんだか意味深だ。こころが映るかと見れば、さにあらず、かなりの数の亀がのんびり泳いでいて、顔を覗かすものもいる。亀は万年というけれど、そんなに生きるはずはない。
 横須賀の高校に勤めていた折、世話になった社会科の先生で三渓園がとても好きな先輩がいた。放送礼拝で三渓園の魅力について語り、いつの季節もそれぞれいいけれど、新緑の頃がいちばん好きとおっしゃっていた。その先生が数年前、鬼籍に入られたと知って驚いた。
 久しぶりに訪ねてみようと思う。どんな顔を見せてくれるか楽しみだ。