話、聞いてんのか

 『大河ドラマ「義経」が出来るまで』の予約注文が続々入っており、わたしもチラシを持って近くの書店に行った。以前そこの店主から「シャチョーんとこの本は難しいからなあ。うちにゃあ向かねえですよ」と言われたことのある本屋だが、義経なら大丈夫だろうと高をくくり、ま、10冊ぐらいは注文くれるかと胸算用しながらドアを開けた。
 「おはようございます。店長、うち今度こういう本出すんだけどさ。どう? 義経本がいろいろ出てるけど、この本はちょいと違う。いいですか。今回の大河ドラマ『義経』のディレクターみずから書き下ろした怒濤の演出日誌なわけよ。映画ならさしずめディレクターズカット版てとこだな」
 と、馬鹿店長(言っちまったよ)何を思ったか、「シャチョー、これ、小説?」
 「……」
 「シャチョー、これ、小説?」
 「演出日誌…(演出日誌って言ってんだろうがよっ!:心の声)」
 「あ、そですか。返上つき?」
 「返上つき」
 「返上つき。返上つき、と。返上つきね。なら、5冊ほどもらっときますか」
 この馬鹿、最初から売る気がない! 仕事が忙しかろうと慮り、ひとが滑舌よく、はっきり、くっきり、丁寧かつ簡潔に「ディレクターみずから書き下ろした怒濤の演出日誌」だって言ってんのに、「シャチョー、これ、小説?」ってなに。キレそうだったよ、もう。我慢したけどさ、大人だから。どうせ、こいつのボキャブラリーには「ディレクター」も「演出」も「日誌」も、まして「怒濤」などという画数の多い単語は、はなっから無いに違いない。こいつには、「大河ドラマ、あのね、あんた、大河ドラマ知ってる? ほら、えぬえっちけえでさ、キレイな着物着て、昔の話やってるでしょ。あんたなんか観たってどうせ解らないと思うけど。あの大河ドラマをつくったひとがドラマの裏話を書いたの。どうやって役者を決めたとか、音楽はどうするとか、ロケの苦労話とかを。ロケって解る? ロケットじゃねえよ」とでも言ってやるべきだったのだ。
 売る気のない馬鹿店長に5冊と言われ、「いや、もう結構」と断ろうかとよっぽど思った。が、店長は馬鹿でも目利きの一人や二人はいるかも知れず、「ありがとう」とだけ告げ、番線印をもらって店を出た。