肩凝り

 根が勤勉(こればっか)なので、土曜日でも一人会社へ出勤、仕掛かりの原稿の校正に励む。
 出力した紙に朱を入れる場合と、直接パソコン画面に向き合いながら直していく場合がある。原稿の種類にもより一概にはいえないが、直しの箇所が多い場合、パソコン画面に向かい直接のほうが効率的なときもある。
 休日は本当に静かで、電話も鳴らない。留守番設定にしてあるから、鳴っても出ないことが多い。音楽は掛けたり掛けなかったり。たまに近くの電柱にとまった鴉が鳴いて振り向く(わたしは窓ガラスに背中を向けて仕事をしているので)ぐらいだ。
 予定通りとまではいかなかったが、だいぶ頁がすすんだ。同時に右肩が相当凝った。休日、誰もいないオフィスでカタカタキーボードを叩くのは、アメリカ映画のワンシーンみたいで悪くない。背中から差す明かりが変わり、振り向けば、夕陽が紅く輝いてビルの谷間に落ちていこうとしている。家に帰ったら、読み掛けのヒューバート・セルビー『ブルックリン最終出口』を読もう。
 と、「ごめんください」
 「はい」
 「伊勢佐木町の○○といいます。昼の弁当をつくっています。こちらでは昼食はどうされていますか」
 「弁当持参の者と外食の者と半々ぐらいですかね。わたしは外食組です」
 「試食だけでもいかがでしょうか」
 「いいですよ」
 「ありがとうございます。それでは月曜日、お昼12時までにお持ちします。ちなみに月曜日の弁当は焼肉定食です。試食はもちろんタダですが、弁当は日替りでお値段は500円、ダイエットコースだと550円です。よろしくお願いします」
 おばさんが部屋から出て行き、わたしの気分はニューヨークからいきなり「焼肉定食」の純日本風へ引き戻された。それから2時間、肩凝りで右肩が上がらなくなるまでキーボードを叩き、ニューヨークのことはすっかり忘れ、ブラインドを下ろし、電気系統のスイッチを確かめ、何事もなかったかのように会社を後にした。