山本富士子

 ダイエーか西友で布団と枕とDVDプレーヤーを買って、それを大きな紙袋に入れてもらい、タクシーを拾って運べばいいものを、えっちらおっちら担いで歩いていたら、ぱらぱら雨まで落ちてきて、これはマズイと思ったが、確かこの辺に山本富士子の家があったことを思い出し、ダメもとで、雨が止むまで休ませてもらうべく頼んでみることにした。
 ごめんください、あのう…と、切り出す間もなく、気の利く山本富士子は、さ、さ、上がって、上がって、と、しなやかな和服姿で応接間にわたしを招じ入れた。こんなことは現実にはあり得ない気がしてドキドキした。
 お茶などご馳走になったような気もするが、日本を代表する美人の山本富士子に話し掛けられ気もそぞろ、そうこうしているうちに雨も止み、ありがとうの挨拶を済ませ、おいとますることにした。
 また重い荷物を担いで歩き出したのだが、どうも調子が狂っているようで、これはきっと夢に違いないと思い始めていた。
 担いだ荷物の重みがだんだん増してくるようだから、下において確かめたかったのだが、雨に濡れた道に置くわけにもゆかず、我慢して何度も担ぎなおし、勤勉なわたしは、ここぞとばかりに勤勉さを発揮して歩きに歩いた。すると、後ろから美しい若やいだ声が聞こえてきて、耳を澄ましたら、どうもその声はさっきの山本富士子なのだった。
 山本富士子に妹がいたかと危ぶんだが、二人の会話を耳の後ろで聞いていると、姉妹以外の会話とも思えない。山本富士子は、わたしが雨宿りをしに訪ねたことを妹に話しているようなのだ。へー、そうなの、結構若く見えるわね、など、妹が言うものだから、わたしは絶対に後ろを振り向けないと思った。でも、わたしのことを話題にしているから、まんざらでもない気分だった。それから山本富士子は妹に、三千万円で家を購入しようと思っているという話をした。妹は、こんな時期にそんな高い買い物をしたら、周りから、なんて言われるか知れやしない、と少し語気を荒くして言った。なに、構うものですか、と、山本富士子は言った。
 耳の後ろでその話を聞きながら、ツンとした山本富士子の鼻を思い浮かべ、そういうときの山本富士子の表情といったら、どんな女優も敵わないと合点がいったものも、話題がわたしのことから逸れてしまったので、すこし寂しい気がした。
 荷物の重さがさらに増し、鼻の下のあたりがむず痒い。どうにも我慢がならず、荷物を下ろして中を見たら大量の土と飴が入っている。直径1メートルほどの飴入りの土団子もあれば、饅頭ぐらいの大きさのものもある。ふと、わたしは自分の体を見た。服もズボンも身に着けていない、くびれだけが強調された裸の、それは蟻だった。蟻なわたしは、飴入り土団子を巣まで運んでゆく途中だったのだ。忘れていた。もはや、山本富士子どころではなくなった。